2005年10月19日

妊娠発覚の時

結婚1年目で子供ができにくい体質と告げられ、さまざまな治療を試しては努力していた数年間。

結局私は、自分自身の精神的な限界を感じ、治療をストップしたわけですが。。。

とてもとても不思議なもので、治療は一切せず、子供を作ろうという意識もどこかに置き忘れて過ごしていたところに、その時は来たのです。

それは、めいっぱい夫婦2人で遊んで過ごし、大人2人と猫1匹での新しい暮らしを始めるべく、枠にはまらない、ファミリー向けとは無縁な家を作った直後のことでした。

賃貸の家から引越し、まだダンボールも開けきらない頃。
ある土曜日の夕方、旦那につきあって、「巨大とんかつ定食」で有名なお店にでかけました。
調子にのって私もそれを頼んでみたら、想像以上の大きさ!
『う、うわっ!!ぜ、絶対無理!!!』
でも、自分で選んで、お店の人が一生懸命作ってくれたのに、残すのは申し訳ない・・・と、押し込むように平らげた直後から何かのスイッチが入ったのです。


感覚的には、「食べすぎによる、異常な満腹感というか胸焼け。」(笑)
でもそれは、車酔いの症状にも似ていて。。。

すぐに落ち着くと思ったのですが、その車酔いに近い症状は、次の日もおさまらなかったのです。

よっぽど食べ過ぎたのかなぁ・・・?
でも・・・なんかおかしい。。。

チラッと、「そういえば、生理が19日遅れている」ということが頭をよぎります。

まさか・・と思いながら、引越し用のダンボール箱の上にたまたまあった検査薬(何年も前に、2本入りで買ったもので、1本余っていたもの)があったことを思い出し、試してみたのです。

この頃の私は、子供が欲しいというかつての熱い思いはなく、あんなに頑張ってできなかったんだから、できないのが当たり前、といった、妙に割り切った考えだったので、ごくごく気軽に、「そこに検査薬があるから、使ってみる」程度の、軽いノリだったのです。

が。

出てきた結果は、『陽性』。

目が点。

喜ぶとかより先に、「へ・・・・・・?」でした。笑

まさか、まさかの検査結果。

帰ってきた旦那に見せたところ、同じく旦那も目が点になっていました。笑

ただ、私の場合、結婚1年目のときに、検査薬がうっすら陽性になったからと喜び勇んで病院に行ったところ、それは妊娠ではなく、高プロラクチンけっ症によって陽性反応が出ただけ・・といった苦い経験があったので、本当に妊娠しているといった確証が持てず、素直に喜べず、微妙な心境だったのです。

2005年10月18日

妊娠までの道のり 私の結論 

不妊治療を続けていた私がいつも思っていたこと。

「こんなに頑張っているのに、どうして結果が出ないの?!」

まさに、先の見えない長いトンネルに入り込んでしまったようでした。

いつも、できるだけのことは精いっぱいしていました。
仕事をしながら、遠く離れた病院に通うのも楽じゃなかったし、保険がきかない治療にかけるお金の捻出もかなりきつかった。
治療だって、あらゆる副作用に悩まされて、長期間仕事も休まざるをえないほど絶対安静の状態になったこともありました。(腹水がたまりにたまって、動けなくなったり)
毎回毎回努力してもきてしまう生理。
その度に、目の前が真っ暗になるほど落ち込み、気を取り直して再び治療に励むも、また生理・・という繰り返し。
「次こそは!」という思いと「落ち込み」を、毎月毎月、繰り返し。それが何年も続きました。

もともと楽観主義者の私。
いろんな壁を、気持ちの持ちようでいくらでも吹き飛ばせていたのに、こればかりは、頑張っても報われない努力の繰り返しに、自分自身の気持ちのコントロールができずにいました。
ひどいときは、完全に殻に閉じこもってしまって、別人のように暗くなってしまい、精神的にいっぱいいっぱい。
旦那にもしょっちゅう当たっていたし、暮らしを楽しむという気持ちの余裕もありませんでした。

自分自身を追い詰めて、全く楽しくいられない自分を顧たとき、思ったのです。
今の私がこの治療を続けていて、いいのだろうか、と。

肉体的なこと、金銭面はなんとかがんばれても、自分自身の精神面が大きな問題。
それまで自分を強い人間と思っていたけれど、その段階では精神面がかなりボロボロになっていて、このまま治療を続けていくことが旦那との暮らしの中で必ずしもいいようには思えなくなっていました。

続けてきた治療が実を結ばず、次のステップに進む直前、決断しました。
「治療をやめよう!」と。

続けてきた治療をやめることは、かなり勇気がいることでした。
だけど、あんなに、旦那と一緒になれて幸せだったはずなのに、私に気持ちの余裕がないばかりに喧嘩が耐えなくなってしまったこと。もうそういう暮らし方は嫌。

トンネルから抜けてみよう。
道はここだけじゃないはず。
できないならできないなりに、2人の生活を思いっきり満喫しよう!!

と。

自分の中で、できないという負い目を持つ暮らしじゃなくて、「子供はいない。だけど、2人の生活を誰よりもずっと楽しんでいる!」という意識で暮らしていこう、と旦那と一緒に決意したのです。

考え方を変えること、違う道を選択することで、気持ちが随分楽になりました。

あんなにブルーな気持ちを繰り返していたのが嘘みたいに、『2人暮らし』を満喫するようになったのです。
誰に気兼ねもなく、思いつくままブラリと旅行にもでかけたし、お互い、やりたいことは思う存分楽しみ、つきあっていた頃の延長みたいな、いい意味での関係にも戻れたような気がしました。

2人暮らしだからこそのライフプランも立て、「子供」のこともすっかり忘れて、2人暮らしを満喫していったのでした。

2005年05月11日

触ると妊娠する石 妊娠までの道のり

今から数年前、子供が欲しくてもできなかったとき、テレビ(奇跡体験!アンビリバボー)で『触ると妊娠する石』が、秋田県にあるという紹介がされていました。
なんでも、秋田県のとある神社にあるとのこと。

だけど、具体的な場所などは放送されなかったので、私の中でしばらく忘れていたのですが。。。

それから数ヵ月後、友人との電話でたまたまそんな話題になったところ、なんと、その友人がテレビでその存在を知ったあと、その神社の所在地を調べて、東京からわざわざでかけたそうだったのです。
妊娠に関していろいろと悩みのあった友人だったのですが、その神社に行った翌月には妊娠!!!びっくりしました。

番組内でも、奇跡的な話がいろいろされていたけど、まさか、自分の周りの人までもが、その「妊娠する石を触って」妊娠していたとは!
こりゃ、触らずにはいられない!と、旅行がてらでかけてみることに。

場所は秋田県秋田県仙北郡協和町内。

神社の名前は「唐松神社」。

事前に神社に電話をして、祈祷の予約をしました。
玉串料(たまぐしりょう)の金額は「気持ち」次第なのですが、神社の方にさりげなく聞くと、皆さんの大体の相場を教えてくれました。

場所は大きな通りからはずれ、ちょっとわかりにくいのですが、地元の人に聞きながら到着。

たまたま一緒に祈祷することになったご夫婦は、関東からいらした方で、やはり不妊で悩み、以前いらしたそうなのですが、その翌月、妊娠!!
そして、今度は安産祈願でいらしたということでした。

お祓いのあと、「触ると妊娠する石」の触り方の説明を受けました。石が3つ並んでおり、たしか、女の人だけが触る石、2人で触る石・・・といった意味がそれぞれについていたと記憶しています。

唐松神社を出たあと、少し足を伸ばして、乳頭温泉鶴の湯へ。
乳頭温泉の鶴の湯は、秘湯として全国的にも知名度が高く、「一生に一度は行きたい温泉」なんていう雑誌の特集にも必ずといって登場する有名な温泉。
こちらの温泉も、子宝に恵まれる効果があるというので、入ってきました。
ほかに、秋田は「ふけの湯」も子宝温泉として有名です。

以上、もしかしてどなたかの参考になればと思い、今回、子宝神社&温泉についてアップしてみました。

2005年01月21日

妊娠までの道のり3 子供まだ?の嵐

妊娠までの道のり1 
妊娠までの道のり2 治療

子供が欲しいのに、努力しているのに、ちっとも気配さえもない日々。
自分自身が欲しい気持ちでいっぱいなのに、さらに追い討ちをかけていたのは、周りからの「子供まだ?」の嵐。

「子供は早く作ったほうがいいよ」だとか「子供できるの楽しみにしてるから」等、挨拶代わりに言う人の多いこと!ほぼ毎日誰かしらに言われていました。
言ってる人に悪気はないことは十分わかっているつもり。
だけど、その一言一言が、どんどんプレッシャーとなって、苦しめられていました。

私みたいに、欲しくてもなかなかできない人。いろいろな事情があって作らずにいる人。あえて夫婦2人だけの生き方を選択している人。。。。。。
人それぞれに事情があるのをわかって欲しい。だから、「子供まだ?」なんて言葉を簡単に口にしてほしくないっていうのが本音。
それを言われたからって、はいそうですか、ってすぐにどうにかできるようなものじゃないし、どうにかするようなものでもない。

私の場合、周りからの「子供まだ?」攻撃は結婚してから2年くらいまでがピークでした。
それを過ぎると、あまり言う人はいなくなりました。
でも、その後もたま〜に言ってくる人も。
そのくらいになると私のほうも、「まだ遊んでいたいしね〜」なんて適当に返事をして、ある程度聞き流せるようにもなりましたが。
「子供まだ?楽しみにしてるんだから」なんて言ってた人に限って、いざ生まれてみると、意外に「あ、生まれたんだ。ふーん」って反応があっさりしていることも結構あったり。ホントに、挨拶のひとつとして言ってたんだなって思いました。(その挨拶代わりの一言が随分きつかったんだけど。。)

つづく

主婦の皆さんの素敵なブログいっぱい☆

2005年01月18日

妊娠までの道のり2 治療

「妊娠までの道のりその1」はこちら

高プロラクチン血しょうによって、妊娠しにくい体質だとわかった私。
非常に大きなショックでしたが、とりあえずできるだけのことをするしかありません。
まずは、薬の投与から始まりました。
それに加えて、毎朝基礎体温を測りながらのタイミング法。

その後、排卵誘発剤を使ったり、いろいろと試してみてはどんどんステップアップしていきました。
ちなみに、ホルモン薬というのは、副作用で太りやすくなることもあるようで・・・・。
私もご飯をそれほど食べていたわけでもないのに、あの時期は太りやすくなってしまっていました。
太ってしまえば、ますます妊娠もしにくくなるわけで、プール通いなども始めて体重を落とす努力も。

当初は、近場の普通の産婦人科での治療でしたが、さらなる可能性を求めて、その分野では全国的に有名な専門の病院へ片道1時間かけて通い続けました。
最初の病院では「高プロラクチン血しょう」が原因とされていたのですが、転院した先では、高プロラクチンの値に問題なしという診断を受け、「原因不明の不妊症」に属する形に。
原因不明というのもまた厄介。原因がわかれば、それを改善するために何らかの方法で治療できるのですが、わからないとなると、ひたすら段階を踏んでステップアップしていく方法となります。

肩やお尻に打つ注射は、激しい痛みを伴います。
とくに肩に打つときなんて、肩にカナヅチを打たれたような、一瞬、頭が真っ白になるような激痛。
だけど、体の痛みや治療は我慢できても、一番辛かったのは精神面。
もともと楽観主義者で、あまり悩まない性格の私ですら、あの時期はかなり精神面でやれてましたから。。。
先の見えないトンネルに入り込んでしまった・・・まさにそんな感じでした。

つづく

2004年10月28日

妊娠までの道のり その1

現在、1児の母をしている私ですが、妊娠に至るまでは決して平穏な日々ではありませんでした。

結婚してようやく「お?!これは!!♪」と浮き足だって病院へいってみると、それは妊娠ではありませんでした。それどころか、「あなたはできにくい体質」と告げられた結婚1年目。
これはかなりのショックでした。
ずっと、「作ろうと思えば、子供って簡単にできるもの」だとばかり思っていた私でしたから・・・。

のちにわかったことですが、日本で「子供が欲しいのになかなか恵まれない」という夫婦は、10組に1組、あるいは7組に1組とも言われているようなのです。
いろいろ原因があるのでしょうが、気になるのは、環境ホルモンもその原因のひとつにあげられている点。
知らず知らずのうちに、環境ホルモンが人間の体にも悪影響を及ぼしているという現実は、言いようもない虚しさを覚えます。

私たちに子供ができない原因、最初の病院(普通の産婦人科)で告げられたのは私の「高プロラクチン血しょう」。
高プロラクチンについて調べてみると、


脳の下垂体から分泌される性腺刺激ホルモンの一種であるプロラクチンが、血中に増える病気です。
卵巣機能などが障害され、無排卵性月経や続発性無月経、乳汁分泌などの症状が現れます。
・・・中略・・・・
原因は、精神的ストレスや妊娠、授乳、消化薬(胃腸薬)や抗うつ剤などの薬物投与、・・・略・・・などさまざまです。
(マイドクター 家庭医学大事典 講談社より引用)

何かの薬によってこんな体になったってこと??それとも、ものすごいストレスを抱えてた時期があったからそれが原因???
いろいろ原因を考えてみたけれど、その高プロラクチンとやらの値が多いとなったからには、その値を落とすことに専念しなければなりません。

こうして私は、子作りに向けて体質を変えるあれこれをしながらのスタートを切ることになったのです。

・・・つづく・・・

2004年10月18日

親になる自信

先日、このブログにいただきましたパパリーマンさんからのコメントに、大きく頷いたお話がありました。
以下引用させていただきます。

結婚するまでは、いろんなことについてきちんと子供に教え、伝える自信ができてからじゃないと親になれないと思っていました。

でも、子供ができてみると、違うものですね。子供に教わることたくさんあります。子供が一番大人かな〜なんて思ったりね。

当時の私に、パパリーマンさんのこのお言葉そのまま伝えてあげたかったな。

私の場合、妊娠する前・・・子供が欲しいと思っていた頃は『親になる自信』とか、そこまではまだリアルに考えられなくて、「欲しいのに、なんでできないのよぉ」ってことばかり頭にあったような気がします。
でも、いざ妊娠してから「ハッ」としました。
「・・・ところで私、本当に親としての役割果たせるの?!」って。
妊娠して情緒不安定になりやすい時期だったから余計に、そのことが大きな「不安」になってしまってました。

考えてみれば、「親になる」ための勉強なんて、学校じゃ教えてくれませんでした。
私は末っ子だから、ちっちゃい子のお世話なんて間近で見たこともない。
甥や姪はいるけど、ずっとそばにいたわけじゃない。
ホントに、果てしなく知識ゼロに近いんですもの。
それなのに、一人の人間を育てるなんてことが私にできるのか?!
しかも相手は赤ちゃん。何もできないから、私がいろいろ面倒を見てあげなきゃいけません。

すごーく不安になっていた時期があって、ママさんパパさんと電話で話をするたびに、「私、親になれるのかなぁ?」って不安をしょっちゅう口にしていた自分がいました。

でも、妊娠の経過とともに、「大丈夫、私でもきっとなんとかなるはず!」みたいな気持ちになってきて。
そして、実際生んで子育てをスタートさせてみると、「子供が私を親として成長させてくれてるんだな」と思う場面が多々出てくるようになりました。

初めてのことに直面したときは、あたふたしながらも、自分なりにとりあえずやってみたり、親や友達やママパパ先輩に聞いてみたり、本で調べたり。
初めてのときは「え!どうしよう!!!」と慌てていたことが、2回3回・・・となっていくうちに、かつてあたふたしていたことが嘘みたいに、スムーズに対処している自分がいて。
子育てに限らずとも、誰だっていろんな「初めて」に人生の中で直面していくものですものね。
子育ても、最初はわからないことがあって当然なんだ。

私はちっとも完璧な人間じゃないし、「私がやることは全て正しいから、私の言うことを聞いてれば間違いないのだっ」なんて胸をはれる人間じゃありません。
私、おっちょこちょいだし、なんか抜けてるし。(苦笑)
完璧人間じゃないけど、私が子供のためにできるのは、子供がまだ自分ではできない暮らしの中のいろんなことを手助けしてあげること。私が知ってるいる限りの社会のルールやマナーを教えてあげること。そして、愛情たっぷりに一緒に過ごすこと。
あとは子供と一緒に、私自身も少しずつ親として育っていけたらいいな、なんて。

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