結婚1年目で子供ができにくい体質と告げられ、さまざまな治療を試しては努力していた数年間。
結局私は、自分自身の精神的な限界を感じ、治療をストップしたわけですが。。。
とてもとても不思議なもので、治療は一切せず、子供を作ろうという意識もどこかに置き忘れて過ごしていたところに、その時は来たのです。
それは、めいっぱい夫婦2人で遊んで過ごし、大人2人と猫1匹での新しい暮らしを始めるべく、枠にはまらない、ファミリー向けとは無縁な家を作った直後のことでした。
賃貸の家から引越し、まだダンボールも開けきらない頃。
ある土曜日の夕方、旦那につきあって、「巨大とんかつ定食」で有名なお店にでかけました。
調子にのって私もそれを頼んでみたら、想像以上の大きさ!
『う、うわっ!!ぜ、絶対無理!!!』
でも、自分で選んで、お店の人が一生懸命作ってくれたのに、残すのは申し訳ない・・・と、押し込むように平らげた直後から何かのスイッチが入ったのです。
感覚的には、「食べすぎによる、異常な満腹感というか胸焼け。」(笑)
でもそれは、車酔いの症状にも似ていて。。。
すぐに落ち着くと思ったのですが、その車酔いに近い症状は、次の日もおさまらなかったのです。
よっぽど食べ過ぎたのかなぁ・・・?
でも・・・なんかおかしい。。。
チラッと、「そういえば、生理が19日遅れている」ということが頭をよぎります。
まさか・・と思いながら、引越し用のダンボール箱の上にたまたまあった検査薬(何年も前に、2本入りで買ったもので、1本余っていたもの)があったことを思い出し、試してみたのです。
この頃の私は、子供が欲しいというかつての熱い思いはなく、あんなに頑張ってできなかったんだから、できないのが当たり前、といった、妙に割り切った考えだったので、ごくごく気軽に、「そこに検査薬があるから、使ってみる」程度の、軽いノリだったのです。
が。
出てきた結果は、『陽性』。
目が点。
喜ぶとかより先に、「へ・・・・・・?」でした。笑
まさか、まさかの検査結果。
帰ってきた旦那に見せたところ、同じく旦那も目が点になっていました。笑
ただ、私の場合、結婚1年目のときに、検査薬がうっすら陽性になったからと喜び勇んで病院に行ったところ、それは妊娠ではなく、高プロラクチンけっ症によって陽性反応が出ただけ・・といった苦い経験があったので、本当に妊娠しているといった確証が持てず、素直に喜べず、微妙な心境だったのです。
不妊治療を続けていた私がいつも思っていたこと。
「こんなに頑張っているのに、どうして結果が出ないの?!」
まさに、先の見えない長いトンネルに入り込んでしまったようでした。
いつも、できるだけのことは精いっぱいしていました。
仕事をしながら、遠く離れた病院に通うのも楽じゃなかったし、保険がきかない治療にかけるお金の捻出もかなりきつかった。
治療だって、あらゆる副作用に悩まされて、長期間仕事も休まざるをえないほど絶対安静の状態になったこともありました。(腹水がたまりにたまって、動けなくなったり)
毎回毎回努力してもきてしまう生理。
その度に、目の前が真っ暗になるほど落ち込み、気を取り直して再び治療に励むも、また生理・・という繰り返し。
「次こそは!」という思いと「落ち込み」を、毎月毎月、繰り返し。それが何年も続きました。
もともと楽観主義者の私。
いろんな壁を、気持ちの持ちようでいくらでも吹き飛ばせていたのに、こればかりは、頑張っても報われない努力の繰り返しに、自分自身の気持ちのコントロールができずにいました。
ひどいときは、完全に殻に閉じこもってしまって、別人のように暗くなってしまい、精神的にいっぱいいっぱい。
旦那にもしょっちゅう当たっていたし、暮らしを楽しむという気持ちの余裕もありませんでした。
自分自身を追い詰めて、全く楽しくいられない自分を顧たとき、思ったのです。
今の私がこの治療を続けていて、いいのだろうか、と。
肉体的なこと、金銭面はなんとかがんばれても、自分自身の精神面が大きな問題。
それまで自分を強い人間と思っていたけれど、その段階では精神面がかなりボロボロになっていて、このまま治療を続けていくことが旦那との暮らしの中で必ずしもいいようには思えなくなっていました。
続けてきた治療が実を結ばず、次のステップに進む直前、決断しました。
「治療をやめよう!」と。
続けてきた治療をやめることは、かなり勇気がいることでした。
だけど、あんなに、旦那と一緒になれて幸せだったはずなのに、私に気持ちの余裕がないばかりに喧嘩が耐えなくなってしまったこと。もうそういう暮らし方は嫌。
トンネルから抜けてみよう。
道はここだけじゃないはず。
できないならできないなりに、2人の生活を思いっきり満喫しよう!!
と。
自分の中で、できないという負い目を持つ暮らしじゃなくて、「子供はいない。だけど、2人の生活を誰よりもずっと楽しんでいる!」という意識で暮らしていこう、と旦那と一緒に決意したのです。
考え方を変えること、違う道を選択することで、気持ちが随分楽になりました。
あんなにブルーな気持ちを繰り返していたのが嘘みたいに、『2人暮らし』を満喫するようになったのです。
誰に気兼ねもなく、思いつくままブラリと旅行にもでかけたし、お互い、やりたいことは思う存分楽しみ、つきあっていた頃の延長みたいな、いい意味での関係にも戻れたような気がしました。
2人暮らしだからこそのライフプランも立て、「子供」のこともすっかり忘れて、2人暮らしを満喫していったのでした。